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新しい視点で○○○を活動する 

12年目HEADLINE

経験と方向性

回復期リハビリ病棟を立ち上げてから、半年。
都会病院に異動になりました。
異動はサラリーマンにはよくあります。
都会病院は、私が新人の頃に立ち上げた病院。
外来リハビリ重視であり、急性期の入院患者を中心とした業務でした。
手の外科を中心に見ているので、もっと自分が夢中になれると思っていました。
しかし、気持ちがどこか宙に浮いていました。
特に入院患者さんの廃用症候群の患者さんを担当している時は、
(何のために、リハビリをしていのだろう?)
(OTの仕事は、もっと違うところにあるのではないだろう?)
と強く思うようになりました。

そして、私のリハビリの方向性は、あくまでもEBMに沿った訓練を行いたいと思っていました。
それにも関わらず、都会病院は脳梗塞発症してから間もない患者さんを3人がかりで歩かせる練習をしています。
おい!
その訓練にどれほどの意味があるのか?
私の患者さんに対して、OTの上司は私に相談もなく、そのような訓練を行っている…。

このまま、自分の気持ちをここで止めてしまうことが良いのか?
色々と悩みました。
この頃、偶然、近所にリハビリテーション病院が開設される話を聞いて、見学に行きました。
12年目にして、初めての見学。
説明をしていただいたのは、PTさん。
本音をいいすぎると、印象が悪くなると思い、控えめにしていました。
私が色々と質問し、自分の意見や方向性を話をしているうちに

今の場所が自分の理想を行えていないこと
この気持ちを抱えながら、ずっと暮らすことに何の意味があるのか?

自分の気持ちに気づいてしました。
その気持ちが伝わったのか、方向性の話をしていると気に入ってもらえたのか?

『是非、来て欲しい』と誘われました。

30代半ば、妻子持ちの私。新しい職場でも給料は下がる。

自分のしたいことをとるか?
それとも給料・安定感をとるか?

悩んだ結果、転職することにしました。
まだ内定をもらっていない段階で決断し、辞表を提出。

我ながら馬鹿ですね…。
リミッターを外れて、よかったのか…、悪かったのか…。


リミッターが外れた状態で、一時的に無職なりました。
その間にホームページを更新しています。
13年目に突入します!!
やりたいことをやろう。そんな決意を新たにした12年目でした。


作業療法士ミチルのお願い

作業療法士ミチルでは作業療法の普及にむけて活動を行っています。
学生応援サイトの内容は、ミチル個人の見解であり実習指導者と相違がある場合もあります。
その際は、実習指導者に従い、より良い実習を行ってください。
専門サイトにおいて患者さんの同意・善意を得て一部写真を掲載しています。
そのため善意の写真を複製などをせず閲覧だけにお願います。
万が一、勉強会等で使用したい場合はご連絡をお願いします。


OT経験11年間
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